ただ、情報として処理しただけだった。
彼女は、ずっと探していた。
広域スキャンで、自分を動かすことの出来る周波数を持つ脳波の人間を。
何十年も探していたのだ。

それが、唐突に目の前に現れた。

その時確かに彼女の心に去来したのは、一つの単純な理屈。

<また動ける>

そう、思った。
喜怒哀楽の感情など、そんなものはなかった。
かつては自分にそれがあったのか、それとも長い年月で摩耗してしまったのか。
忘れてしまったのか。
それは分からないことだった。
ただ、あの人間をオペレーターとして登録すれば、自分はまた稼働することが出来る。
そう、昔のように。

何故動きたいのか。
動いて何をしたいのか。

サラバトーレにはそれも分からなかった。
何せ、彼女には自分がどうして存在しているのか。
存在して何を為せば良いのか。
それさえも分からなかったからだ。

分からないことだらけだ。
何も分からない。
何一つとして分からない。

ただ、サラバトーレは動けなかった。
そして彼女は動作を停止しなかった。
死ななかった。
死ねなかった。
その想像を絶する虚無の先に、唐突に現れた「脳波の同一者」……。
彼女は、すがるようにその脳波を登録した。
自身をまた動かしてもらえるように。
また、誰かと会話ができるように。

<ジェノサイドロン反応を感知されています。接敵まで一分三十秒>

脳内通信でオペレーターに呼びかける。
それを聞いてシュルディアは路地裏を走りながら青くなった。

「グスタフさん、あと一分三十秒で追いつかれるって!」
「参ったな……! 流石に鉄鋼兵装を相手にはできねぇぞ」
「グスタフ、シュルディア連れて、先、行け」

そこでシュルディアの手を引いていたアルズが、彼女をグスタフに押し付けた。
そしてハンドガンを懐から抜き出して構える。

「アルズ君!」
「シュルディア、こっちだ!」

グスタフが考える間もなく少女の手を引いて更に裏路地に消える。
アルズはそれを横目で確認してから路地の先に向かって何度も発砲した。
警備軍の兵士が数人追いついてきていたのだ。
彼らは建物の影に隠れて、連装銃を構えて飛び出してきた。
それに体中を蜂の巣にされ、アルズはしかし、水のような液体になって飛び散りながらハンドガンを連射した。

「フリークだ! 何かの能力者だぞ!」
「火炎放射器を使え!」
「撃て! 銃撃を緩めるな! 殺せ!」

物騒なことを言って連装銃の引き金を引き続ける兵士達。
路地裏に銃撃音と薬莢の飛び散る音。
そして硝煙の白いモヤが大きく広がる。
アルズはその火薬臭い煙の中、体を何度も銃弾に貫かれながらニヤァと笑った。
血は出ていない。
やがてアルズの体がどろりと溶けて地面に広がった。
マントとカバンが地面に落ちる。

「消えたぞ!」
「油断するな! フリークだぞ!」

あたりを見回す兵士達の足元……。
そのマンホールの隙間から、ゲル状の水色の物体が無音で溢れ出した。
それはたちまちアルズの体を服ごと形成すると、彼は手に持ったサバイバルナイフを、手近な兵士の首筋に突き立てた。
機械化人間だったらしく、硬い感触とともに首のパイプが切断されて黒いオイルが噴出する。
それを顔面に浴びながら、彼は力をなくした兵士を他の兵士達の方に蹴り飛ばした。
そして持っていたハンドガンを連射する。
たちまち頭を撃ち抜かれた兵士達が崩れ落ちる。
荒く息をついて、マントとカバンの方に移動して、彼はそれを拾い上げた。

『……成る程、お前は慣れているようだな』

そこで上空から拡声器でもつかっているのか、大きな声を投げつけられ、アルズはハンドガンを上に向けた。
先程自分達を運んだ銀色の鉄鋼兵装と同じ形をした黒い機体が、背面バックパックを噴出させて空中をホバーしながら、アルズを見下ろしていた。

『あのジェノサイドロンは私のものだ。即刻渡してもらおう』

まだ若い男性の声だった。
アルズはニィ、と笑うと、答えの代わりに黒い鉄鋼兵装に向けて発砲した。
紫色の波紋のようなものが浮いて、そこに銃弾が突き刺さって止まり、落ちる。

『ここにはないな……長居は無用か』

黒い機体はアルズに向けて右手を伸ばした。
手の平に丸い筒のようなものが競り上がる。
それを見たアルズが、ハッとして顔色を変えて後ずさった。
次の瞬間、路地裏の一角が爆発した。
普通の爆薬ではない、何か異常に炎を上げるガスに引火したような爆炎が噴き上がり、瓦礫と煙、炎が撒き散らされる。

『ム……?』

しかし、そこで黒い機体は動きを止めた。
何か丸い盾のようなものが、空中に浮いて回転している。
爆煙と炎はそれで防がれたようだ。
その赤茶けた巨大な盾は、錆びたネジが絡み合って出来ていた。
逃げ遅れて地面に倒れているアルズの首根っこを掴んで、サビが三角巾から右手を出して空に向けている。

「サビ……!」
「立てるか? 逃げるぞ!」

サビはそう言って包帯の巻かれた腕を強く振った。
ネジの群れが唸りを上げて黒い機体に向けて殺到する。
しかしそれは全て紫色の波紋に防がれて弾け飛んだ。
雨嵐のように次々に飛んでくる錆びたネジをうっとおしそうに手で払った黒い機体だったが、すでに裏路地には少年達の姿はなかった。

「フリークの仲間がもう一匹いたのか……」

コクピットの中で忌々しそうに呟き、金色の髪を揺らした青年が歯を噛む。

<ジマ様。ジェノサイドロン反応が離れていきます。追撃しますか?>

スピーカーから機械的な男性の声が響く。
ジマと呼ばれた青年は、バラバラと地面に落ちていく錆びたネジの群れを見て、発しかけていた言葉を止めた。
そして口を裂けそうなほど広げ、面白そうに笑う。

「ハハ……! こんな下劣な街に配属されて腐ってたが、面白い獲物だ」
<獲物……ですか?>
「インターポール本部に連絡だ。あの『サビ』を発見したとな」

ジマは舌でぞめりと唇を濡らして、押し殺した声で言った。

「デッドオアアライブだ。挽肉にして俺の勲章にしてやる……!」



サイレンが鳴り響く路地を、グスタフはシュルディアを小脇に抱えて走っていた。
やがて建物の影に体を滑り込ませて息をつく。
彼はシュルディアを地面に下ろして早口で言った。

「その鉄鋼兵装をスニークモードにするんだ。このままじゃ、どこに逃げても探知される」
「ス、スニークモード?」
「言えば分かる」

短く彼女にそう言って、グスタフは懐から携帯パッドを取り出して動かし始めた。
シュルディアは少し迷っていたが、手に抱えた青い珠に向かって言った。

「サラバトーレさん。スニークモードになれますか?」
<承知しました。当機の出力を80%ダウン。これより降着状態に入ります>

頭の内側に声が響き、青い球体が発していた光が収まり、やがて真っ暗になった。

「サラバトーレさん……?」

不安げに暗くなった珠に呼びかけるが、サラバトーレからの反応はなかった。

「あ、あれ……?」
「一時的に電源を落としてスリープ状態にさせたんだ。心配するな」

グスタフが携帯パッドをポケットにしまって息をつく。
サイレンはまだ鳴り響いていた。
路地の向こうではバタバタという警備隊が走り回っている音がする。
陽が暮れそうだった。

「グスタフさん、どうするの……?」

心配そうにシュルディアに聞かれ、グスタフはその場にしゃがんで姿勢を低くしてから言った。

「サビとアルズがこっちに向かってる。合流して、ここから脱出する。またどこかの飛空艇をいただかないとならないな」
「今までのは……?」
「無理だろ。さっきの黒い鉄鋼兵装はインターポールのものだ。もう俺達の飛空艇だって感知されて、マークされてるよ」

インターポールと聞いて少女が青くなる。

「えっ……? こういうところって、あんまりインターポールの手が回らないんじゃなかったんですか?」
「事情はよく分からんが、警備隊の軍隊じみた動きとかを見ると、街の上層政府にインターポールが絡んでる線が強いな。つまり、国際警察お墨付きの違法都市って訳だ」

厄介だな、と付け加えて大男はシュルディアの手を掴んで脇に座らせた。

「俺の後ろに隠れてろ。もしもの時があったら、その鉄鋼兵装を起動させて、自分の身を守るんだ」
「で、でも私動かし方なんて……それに、今この人止まっちゃってる」
「お前をオペレーターとして認識したんなら、危機的状況になれば自動起動する。そういうもんだ。抱えてることはない、カバンに入れとけ」

グスタフに促され、シュルディアは青い珠をカバンに入れて肩にかけた。


先程サビに連絡をとっていたらしく、程なくしてアルズとサビが路地裏に合流した。
三角巾はどこかに落としたのか、固定具で固められた右腕をしたサビが、荒く息をついてグスタフの脇にしゃがみ込む。

「……鉄鋼兵装を盗んだのか?」

ボソ、と問いかけられ、グスタフは声を低くして彼に囁いた。

「バカ言うな。アレが勝手に起動して、シュルディアをオペレーター登録したらしい。バグってるんじゃないのか?」
「……ありえるな。しかしよりによってシュルディアか……」
「あの子と交信はできるようだ。今はスニークさせてる」
「来る途中でインターポールの鉄鋼兵装とやりあった。アレに乗っているのはジマだな」

その名前を聞いて、グスタフはツルツルの頭を叩いて顔をしかめた。

「あの鬼畜か……」
「能力を使わざるをえなかった。俺の存在を認識していると思う。全力で狩りに来るぞ」
「厄日かよ……」

アルズのマントをかけられ、寒さに若干震えながら小さくなっているシュルディアだったが、そこで突然、頭の裏にサラバトーレの声が響いた。

<熱源感知。こちらに向かってきます。数十六。敵対勢力の可能性75%>

ビクッとしたシュルディアが、振り返ったサビとグスタフに狼狽した顔で言った。

「な……何か近づいてくるって言ってます。数は十六だって……」
「俺、行く」

アルズがずい、と体を乗り出し、しかしグスタフがその肩を掴んで無理矢理に座らせた。

「やめろ。サビ、どうする?」
「……まず間違いなく、人工フリーク兵士だ。うかつに相手をするのは避けたいな」
「人工フリーク……?」

シュルディアが聞き返すと、サビは彼女の方を振り返らずに、建物の影から顔を出して周りの様子を見た。
そして体を戻す。

「インターポールが保有しているフリークの警察官だ。俺達みたいなのを相手にする時に使われる。おそらく、フリーク因子の反応を感知されたんだろう」
「そんなの、いるのか?」

アルズに問いかけられ、サビは頷いた。

「ああ。大体が肉体増強の改造をされてる。十六人も相手をするのは、シュルディアとグスタフを守りながらでは無理だ」
「どうする?」
「一点突破を図るしかないな」

話している彼らを余所に、シュルディアの頭の裏に声が響いた。

<接敵まで概算百二十秒。拒壁を展開しますか? 行動を選択してください>
「きょへきっていうのを展開しますかって聞かれてる……」

頭痛がしてきて頭を抑えながらそう言ったシュルディアの方を見て、サビが口を開いた。

「……成る程。もう居場所がバレてるんなら、表に出ても変わらないか……」
「鉄鋼兵装を使うのか?」

グスタフが焦った様子で問いかける。

「どちらにせよ、シュルディアをオペレーター認定してるんなら、危険が及べば自動起動する。だったら計画的に利用した方がいい」

サビはそう言ってから、シュルディアを見た。

「戦闘形態にならずに、俺達四人を守るように拒壁を展開しろと伝えてくれ」
「わ、分かりました」

シュルディアはどもりながら答え、サラバトーレに向かって呼びかけた。

「サラバトーレさん、戦闘形態にならずに、きょへきの展開をお願いします」
<承知しました>

ブゥン、と電源が入る音がして、カバンの中のサラバトーレが光り出す。
そこでアルズが、懐から連装銃を取り出して前に構えた。
そして間髪をいれずに発砲する。
路地の角から飛び出してきた人影の一人が、正確に頭を撃ち抜かれてその場に転がった。
シュルディアがその光景を見て小さく悲鳴を上げる。
次の瞬間、彼女達を取り囲んでいた周囲からすさまじい勢いで銃撃が始まった。
アルズがとっさにシュルディアを抱きかかえようとして……。
そこで、彼らの周りを、紫色のシャボン膜のようなものが小さく取り囲んだ。
そこに銃弾が撃ち当たって、火花を散らしその場に転がっていく。
波紋のようなものが膜に広がるが、中まで銃弾が侵入してくることはなかった。

「きゃああああ!」

耳を抑えてシュルディアが大声を上げる。

「落ち着け!」

サビは一言そう怒鳴ってから両手を上げ、勢いよく地面に手の平を叩きつけた。
地面がザワザワと振動し、周囲のアスファルトの地面が一瞬で錆びたネジ化した。
アルズが慌ててシュルディアを抱き抱えて後ろに跳ぶ。
グスタフも急いで安地に避難し始めた。
銃撃を続けていた兵士達に向かって地面が波打ち、ネジの群れとなったそれが津波のように襲いかかった。
回転するネジが建物を砕き、濁流となって兵士達を飲み込んでいく。
そのうちの数人が仲間の体を踏み台にして、高く跳躍した。
そして懐から小型の刀のようなものを取り出して構える。
それを見てサビは舌打ちをした。
単振動カッターだった。
一定周波の微振動を発する軍用兵器だ。
その前では鉄鋼兵装の発生させる衝撃緩和力場……いわゆる「拒壁」は無効化される。

「アルズ! シュルディアとグスタフを連れてもっと奥に行け!」

サビは声を上げ、歯を噛んで地面を踏みしめた。
彼の指示を聞いたアルズが、考える間もなくシュルディアを小脇に抱え、グスタフの首筋を掴んで引きずりながら後退を始めた。
空中に飛び上がっていた数名の兵士が単振動カッターを手に、紫色の拒壁に飛びついた。
刀が当たった部分の拒壁が赤く光り、凄まじい勢いで火花が飛び散る。
一……二、三。
ネジの濁流で飲み込みきれなかった三名を前に、拒壁がガラスのように砕けて散った。
サビは体の周りに回転する錆びたネジのバケモノを回転させながら、斬りかかってきた一人の攻撃を体を捻ってかわした。
そして固めた拳を、ためらいもなくその頭に叩き込む。
同時に腕から凄まじい勢いでネジの群れが飛び出し、頭ごとその兵士を数メートル離れた壁に叩きつけた。

「チッ……」

しかしサビは舌打ちをしながら、また斬りかかってきた二人の兵士の攻撃を体術でいなした。
そして胸の前で手を合わせ、体を下げる。
彼の体の後ろを滞留していたネジのバケモノが、蛇のように鎌首をもたげた。
そして二名の兵士達を横薙ぎに吹き飛ばして建物の瓦礫に叩きつける。
本来ならそこで終わりなのだろうが、サビは更に路地裏に走っていくアルズ達を見て、しかし後は追わずに前を見た。
濁流に飲まれたり壁に叩きつけられた兵士達が、もぞもぞと動き出す。
その体の傷がゆっくりと、映像を逆再生するかのように再生していく。
たちまちのうちに数名の影が動き出し、全員単振動カッターを抜き放って構えた。

「キリがねぇな……」

サビはそう吐き捨て、ネジ化している地面を蹴って後退した。
そして爪先でトン、と地面を叩く。
ザラザラザラ……と滝のようにアスファルトの地面が崩壊し、彼と兵士達の間の数メートルの部分が陥没した。
それに巻き込まれて数名落ちていったが、残りは瞳を不気味な色に光らせながら腰をかがめ、崩落した地面の縁に立ってサビを睨んでいる。

「誰かと思えば……逃げ出した被検体じゃないか」

そこで、兵士達の後ろから声がした。
サイレンを鳴らす軍用車が多数集まってきている。
周囲を短銃を構えた軍隊員に囲まれながら、軍服を来た髪の長い男が、靴の踵を鳴らしながらこちらに歩いてきた。
彼はネジ化して陥没している地面の前で止まると、腰に下げていた長刀に手をかけて抜き放った。
そしてそれをサビに向ける。

「サビ……こんなところで会うとは奇遇だ。運命に感謝するよ」
「…………ジマか。悪運だけは強い野郎だ」

サビは吐き捨てるように言うと、後退しようとしていた足を止めてジマと呼んだ男に向き直った。
彼の周りの軍隊達が銃を一斉にサビに向けて構える。
軍用車からのライトが多数サビを捉えて照らし始めた。

「投降しろ。ここは俺の管轄でな……どうせ逃げられん。何、悪いようにはしない」

舌でゾメリと唇を湿らせ、にやけたような笑みを発するジマに、サビは歯を噛んで続けた。

「その口車に屈服して悪いようにされたヤツらを腐るほど知ってるもんでな」
「随分な言いようじゃないか。下劣なモンスターの分際で」

鼻の脇をひくつかせながら、ジマは端正な顔立ちを、どこかいびつに歪めてサビを見下すように見た。

「お前一人なら逃げられるんだろうが……今はどうかな? 子供も連れているようじゃないか。一人は女か?」

いやらしい笑みを発しながら、ジマは続けた。

「全員揃って研究所送りにはされたくはないだろう。お前の身柄と、鉄鋼兵装を黙って渡せば残りは見逃そう」
「そいつは随分と強欲だな」
「悪いな。俺は昔から欲張りなんだ」
「…………」

サビはそれには答えずに、自分にむけて銃と刀を構える一個小隊以上の戦力を見回した。
そして鼻を鳴らして目を細める。
それは、彼が今までシュルディア達に見せたことがないほどの冷たい……。
冷え切った鉄のような表情だった。

「ジマ……」

サビは抑揚の感じられない声でそう言って、蔑むように彼を見た。
侮蔑、嘲笑、嫌悪。
それらすべてが詰まった、汚泥のような色の瞳だった。

「……てめぇ、それしきの戦力で俺が止められるとでも、本気で思ってんのか?」
「何ィ……?」

ジマは馬鹿にした感じで鼻を鳴らしてから、片手に持った長刀を大きく横に振った。

「俺がここで一斉射撃の命令を出せば、お前は蜂の巣にされる。見た所鉄鋼兵装も持っていないようじゃないか。どうやって防ぐというんだ? まだまだ戦力はあるぞ。すべての軍隊をここに集結させている」
「分かってねぇ。大戦を知らない小僧が知ったような口を聞くんじゃねぇ……」

サビは侮蔑を含んだ言葉を吐き捨てながら腰を落とした。

「実はな。俺はそういうの……反吐が出るほど嫌いなんだ」

瞬間、サビの体がネジの塊になってバラバラとその場に崩れた。
次いで彼が元々立っていた場所のネジ化した地面が、心臓のようにドクンと波打つ。

「……何かするつもりだ。全軍備えろ!」

ジマが慌てて大声を上げる。
次いで目の前の地面が大きく盛り上がり始めた。
周囲に散乱しているネジの群れが次々に吸収され、小山のような形になっていく。

「撃て! フリーク能力だ!」

ジマの号令と共に周囲の機関銃が火を吹いた。
それらがネジの小山に当たって砕けていく。
軍用車からはナパーム弾が発射され、それが複数小山に突き刺さって爆煙を上げた。
燃え盛る街の一角を見ながら、しかしジマは目を見開いた。
ザラザラと音を立てて焦げて砕けたネジ達が崩れていく。
その中心に、何か巨大な卵のようなものが鎮座していた。
赤茶けたそれは、すべてが錆びたネジで構成されている。
全長十メートルは越える大きさのそれに、ビシィとヒビが入った。
たちまちのうちにそれが広がっていき、そして一気に割れた。

中から金切り声の金属音を発しながら現れたのは、ネジが絡まりあって構成された翼の生えたトカゲのような物体だった。

それが大きく口を開き、空洞の眼窟を爛々と赤く燃やしながらもう一度雄叫びを上げる。

――ドラゴン。

空想上の生き物のそれが、いびつなネジに形作られて地面を踏みしめる。
そして羽根を大きく広げてはためかせた。
翼竜が空中に飛び上がったのと、その翼から、雨嵐と回転する錆びたネジの雨が降り注ぎ始めたのは同時のことだった。
軍隊の兵士や軍用車達がネジに突き刺され、穿たれ、次々に蜂の巣になっていく。
エンジンに点火してしまったのか、軍用車が次々に爆発していく。
それに煽られる形でジマが地面に転がり、歯を噛んだ。

「……モンスターめ……!」

彼は吐き捨てると、腰に下げていたバックパックから、銀色に光る球体を取り出した。
そしてそれを空中に掲げる。
途端、彼の体の周りに紫色の膜が形成され、降り注ぐネジの雨を弾き始めた。

<ジマ様、エマージェンシーコールレッドと判断。非常着装を開始します>

ジマの頭の裏に男性の機械音声が響く。
彼の体に黒い光がまとわりつき、一拍後、そこには巨大なマネキンのような物体……。
漆黒の機械人形が鎮座していた。

<該当データ、照合。デルタシーケンスの有動色体、空間異転能力の一種と断定。危険SSSランクと認定。交戦は推奨しません>
「黙れ! ここで逃がせる獲物じゃない……!」

ジマは口の端を裂けそうな程に開いて笑うと、空中で翼をはためかせて自分を見たネジのドラゴンに向かって大声を上げた。

「いい姿になったなァサビ! それがお前のフリーク能力の本性か!」
「…………」

言葉を返すこともなく、ネジの怪物は翼をはためかせて黒い鉄鋼兵装に踊りかかった。

「問答無用か……!」
<拒壁を展開します>
「最大出力だ!」

ジマが機械音声に向けて大声を張り上げる。
鉄鋼兵装の周りに紫色の膜が一瞬形成されかけたが、サビの動きの方が早かった。
中途半端に展開された拒壁が、ガラスの砕ける音を立てて飛び散る。

「何だと……!」

翼竜と化したサビが巨大な口をガパァと開いた。
中にはサメの口腔のように、回転するネジの群れが詰まっていた。

「後退し……」
<接敵します。ピンポイントで拒壁を展開>

ジマの声に被せる形で音声が鳴る。
下がる間もなく、サビは黒い鉄鋼兵装の右腕に噛み付いた。
右腕のみに拒壁を展開しているのか、紫色の煙が漏れている。
凄まじい金属音と火花が、ネジの翼竜口から吹き上がった。
ジマはニヤリと笑うと、警告音が鳴り響くコックピットの中で、操縦桿を握り込んだ。

「バカなモンスターめ……食らわせてやれ!」
<インパクトカノンを展開。チャンバー内圧力正常値。加圧を開始。ライフゲージ、全弾直結>

淡々と起動プロセスを機械音声が読み上げる。
腕を食いちぎられんとしながら、ジマの鉄鋼兵装は右腕を、バケモノの口の中で伸ばした。
そして手の平を大きく広げる。
そこから何段かに分かれて砲座がせり上がった。

「くたばれ!」

ジマの叫び声と共に、手の平の砲口から連続して数発の発射音が響いた。
ネジの怪物の頭部が一瞬大きく膨らみ……。
そして爆裂した。


「サビさん……?」

シュルディアは足を止め、呆然と空を見上げた。
頭部から黙々と煙を上げながら翼をはためかせている何か……「怪物」が空中を飛んでいる。
直感だった。
それとサビを結びつける要素は何もない。
だが

――あれはサビさんだ。

そう、シュルディアは心の奥底で実感した。
理由は分からなかった。
理屈も分からない。
だが、あれは見知った少年、サビだ。

「嘘……どうして……」

口元に手を当てて引きつった声を発する。
眼前に映るその姿は、もはやヒトと呼べる存在ではなかった。
まさに怪物。

「クリーチャー……」

以前遭遇したインターポールの警官が叫んでいた単語。
それを小さく呟いてハッとする。
シュルディアは同様に空を見上げて唖然としているグスタフとアルズに向かって声を張り上げた。

「サビさんを助けに行かなきゃ……!」
「やめろシュルディア!」

グスタフが珍しくとてもきつい口調で彼女の言葉を遮った。
ビクッとして言葉を止めた彼女を建物の影に押し込んで、グスタフはしゃがんでタブレットの操作を始めた。

「……逃げながらルサーニャに中古の飛空艇を一基手配させておいた。それに乗って俺達はこの街を脱出する」
「でも……でも!」

食い下がろうとするシュルディアの肩に、アルズがそっと手を乗せた。
その手が小さく震えているのを見て、少女が言葉を止める。

「行くな。お前も殺される……!」

端的に言ったアルズの言葉に、シュルディアは息を飲んだ。
それは、彼女を納得させるに有り余る程の真実味を孕んだ制止だった。
シュルディアはもう一度空を見上げた。
頭部からもくもくと煙を上げている怪物。
周囲には雨のように錆びたネジが降り注いでいる。
綺麗に頭が吹き飛ばされた翼竜だったが、その背中がメキメキと盛り上がりもう一つの頭部を形成した。
それがなくなった頭に移動し、また雄叫びを上げる。

(ダメだよ……)

シュルディアはそう思った。
理由も理屈も関係なかった。

(サビさん、それ以上はダメだよ)

体を大きく振った翼竜の尻尾に薙ぎ払われる形で黒い鉄鋼兵装が吹き飛ばされ、建物に突き刺さって轟音と土煙を上げる。

「私……」

シュルディアは口を開いた。
そして空を見上げて、バッグの中に入った青い球体を手で握りしめる。

「サビさんを止めなきゃ……」
「何言ってる! 俺達が立ち入れる領域じゃねぇぞ!」

パッドを操作しながらグスタフが怒鳴る。

「早くここを離れるんだ! ああなっちまったサビはしばらく見境がつかねぇ。俺達を逃がすために変異したんだ。逃げるぞ!」
「……私は!」

シュルディアは青い球体……サラバトーレを右手で取り出して空中に掲げた。
球体が白い光を発し始める。

「私はサビさんを助けに行きます!」
<起動認証を確認。エマージェンシーコールと認定。着装を開始します>
「シュルディア!」

アルズが手を伸ばし、シュルディアを捕まえようとして……。
瞬間、彼女の体の周りに白い光がきらめき、純銀に輝く鉄鋼兵装が出現した。

コックピットでベルトに体を固定されながら、シュルディアは操縦桿を握った。

「サラバトーレさん、力を貸してください!」
<承知しました>

シュルディアの思う通りに、サラバトーレが体を屈め、バックパックから圧縮空気を噴出しながら空中に飛び上がる。

「このままじゃグスタフさんやアルズ君も逃げられない……」
<オペレーターに質問があります>

凄まじいスピードで、再び空中に飛び上がってサビに踊りかかった黒い鉄鋼兵装の戦闘空域に近づきながら、サラバトーレが言った。

「な……何ですか?」
<あなたの名前を教えてください>
「え……?」
<名前の入力をお願いします>

ここで言うことなの? と思いながら、シュルディアは悲鳴のように叫んだ。

「シュルディアです!」
<承知しました。シュルディア。私はあなたの盾となり、そして最強の剣となります>


<機体損傷率が10%を突破。戦線離脱を提案します>

右腕からバチバチと帯電痕を発生させた黒い鉄鋼兵装の中で、ジマは歯噛みして目の前のモンスターを見た。

「くそ……! 手の届く距離にいるというのに、この武力では生け捕りは無理か……!」
<これ以上の戦闘は推奨しません。離脱を提案します>
「やかましい!」

ドン! と操縦桿を握りこぶしで叩き、ジマは怒鳴った。

「貴様は俺の思う通りに動いていればいい! 余計なことを喋るな!」
<了解>

操縦桿を握り込み、ジマは舌で唇を湿らせた。

「鎮圧は無理でも、この辺り一帯を吹き飛ばせば……」
<ジマ様、鉄鋼兵装の反応です。高速で飛来中。接敵まで5秒>
「何だと!」

慌てて視線を横に向けたジマの目に、空中を弾丸のように吹き飛んでくる白い鉄鋼兵装の姿が映った。

「あれは……!」
<拒壁を展開します>

突っ込んでくる勢いそのままに、白い鉄鋼兵装は拳を固めて体を反転させ、ジマの鉄鋼兵装に踊りかかった。
そして拳に紫色の煙をまとわりつかせながら、機体中の重みを腕にかけて殴りつける。
凄まじい衝撃が周囲を揺るがし、台風のような衝撃波が吹き上がった。

<拒壁が中和されます。離脱を推奨します>
「バカな……! 鉄鋼兵装同士の戦いに慣れているとでも言うのか!」

白い鉄鋼兵装は両手を広げると、相手が展開している拒壁に叩きつけた。
そして握りつぶすような動作をする。
ガラスのような音を立てて紫色の障壁が砕け散った。
反応が遅れたジマに対し、白い鉄鋼兵装は体をまた反転させ、空中で右足を叩きつけた。
受けることも出来ずに黒い鉄鋼兵装はその衝撃をモロに受け、眼下の地面に突き刺さった。
ガスにでも引火したのか、凄まじい爆炎が上がった。
今や街は地獄のような有様になっていた。

「サビさん……!」

機体の急激な動きについていけずに吐きそうになりながら、シュルディアは空中で絶叫したネジのバケモノに向かって叫んだ。

「私の声を外に出せますか!」
<承知しました>

サラバトーレが応答し、モニター脇にマイクがせり上がる。
そこに向けてシュルディアは怒鳴った。

「サビさん! 落ち着いてください。逃げましょう、早く!」

拡声器で大音量になったシュルディアの声が周囲に響き渡る。
ネジの翼竜はそれを聞くと絶叫を止め、存在しない眼窟でまっすぐにサラバトーレを見た。

虚無。

そこには何もなかった。
ゾッとして言葉を止めたシュルディアの頭の裏に、サラバトーレの声が反響した。

<鉄鋼兵装の反応です。複数の熱源感知。武装シェンダアンスと断定。接敵します。どうしますか?>
「え……え?」
<拒壁を展開します>

シュルディアの答えを待たずに、サラバトーレは自身を守るように拒壁を広げた。
そこに、どこからか複数の機銃が一斉掃射したかのように、雨嵐と弾丸が突き刺さり始める。

「きゃあああああ!」

悲鳴を上げたシュルディアの脇で、バケモノと化したサビも銃弾の雨に押されて後退を始めた。

『成る程……それに乗っているのは報告にあった小娘だな……』

下卑た笑い声を上げながら、黒い鉄鋼兵装が浮き上がる。
その周りに、巨大な機関銃が十数基も浮遊していた。
それらが間断を置かずに火を噴き続けている。

『何、殺しはしない。そのモンスター共々瀕死にしてから、研究所でゆっくりとバラしてやるよォ!』
<拒壁の耐久値減少。十五秒で破られます>

サラバトーレが淡々と言う。
パニックになって周りを見回したシュルディアだったが、そこでズイ……とネジのドラゴンが前に進み出たのを見た。
眼窟の奥が自分を見た気がして息を呑む。
サビは白い鉄鋼兵装を守るように翼を広げると、空中に向けて大きく咆哮した。
ビリビリと空気が揺れ、大気が振動した。
次の瞬間だった。
上空から吹き込むように、凄まじい勢いで砂の混じった風が街に突き刺さった。

「砂嵐……!」

シュルディアがそれを見てハッとし、操縦桿を握り込む。
ハリケーンとなった砂嵐は、渦を巻きながら徐々に巨大化していく。
それらは銃弾を吹き飛ばし、ジマの鉄鋼兵装は前も見えないハリケーンに煽られる形で薙ぎ飛ばされた。

「サビさん!」

ザラザラと崩れていくネジの翼竜。
その中心に、意識を失っているのか落下を始めたサビがいた。
サラバトーレが動いて、ハリケーンに突っ込んでサビの体を握り込む。

「離脱してください!」

シュルディアは必死に叫んだ。


憔悴した顔でベッドに横たわり寝息を立てているシュルディアを見下ろし、グスタフは息をついた。
ルサーニャが手配した飛空艇に乗って、ハリケーンを避けて街を離れたのは半日ほど前の話になる。
シュルディアの腕に取り付けた点滴の袋を替えて、グスタフは部屋の隅に座り込んだまま動かないサビを見た。
彼は、歯を噛んで何かを押し殺そうとしているような顔をしていた。
瞳が時折、何かのランプのように赤く明滅している。

「……落ち着いたか?」

問いかけられ、サビは息をついてグスタフの方を見た。

「……ああ」
「よくあの状態からすぐに元に戻れたな。いつもは数日はあのままだろうに」

そう言われ、サビは立ち上がってシュルディアのベッドに近づき、彼女の顔を覗き込んだ。

「……こいつの声が聞こえた。結果的にはジマの追撃も、発生させたハリケーンで退けることができた。助けられたな……」
「シュルディアの?」

グスタフはそう言ってため息をついた。

「無茶をする……あのままお前に噛み殺されたらどうするつもりだったんだろうな」
「…………」

それには答えずに、サビはシュルディアの枕元に置いてある青い球体を見た。

「鉄鋼兵装は?」
「ウンともスンとも言わねえよ。シュルディアを完全にオペレーター認定したらしい。この子にしか動かせないな」
「……そうか」

そこで飛空艇の操縦席から、自動操縦に切り替えてきたのか、アルズが体を覗かせた。
彼は警戒するような顔でサビを見て、口を開いた。

「あんた……」
「…………」
「『何』だ?」

その端的な疑問を聞いて、サビはしばらく考え込むように黙っていた。
そして、やがて息をついて応える。

「今はただの、ダストナンバーズを処分するためにだけ生きている存在だ」

その答えになっていない応えを聞き、アルズが彼からシュルディアを守るように間に割って入る。
シュルディアは薄目を開けてそれを聞いていたが、やがて眠気に負け、また目を閉じて眠りに落ちていった。