隔壁が轟音を立てて爆発した。
蜂の大群のように周囲に回転するネジの群れが舞っている。
それに抉られるように、防弾隔壁が次々に破られていく。

「絶対に預言室に入れるな!」
「アーキフリークだ! 撃て! 撃てェ!」

機関銃を持った研究者達が、怒鳴りながら預言室の前でそれを構える。
足を引きずりながらサビが階段を登ってきたのを見て、彼らは一斉に引き金を引いた。
連続した射撃音と薬莢が飛び散る音。
そして硝煙の真っ白い煙があたりに撒き散らされる。
サビの体の周りをたゆたっていたネジ達が高速で回転を始め、次々に銃弾を撃ち落としていく。

「……どけ……!」

サビは押し殺した声で怒鳴ると、右手を彼らに向けた。
その腕が振動し、錆びたネジが手の平から噴出する。
それらの濁流に飲み込まれる形で、研究員達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
全員機械化人間だったらしく、体中にネジを突き刺されて黒いオイルを垂れ流して崩れ落ちた。
サビは預言室の隔壁も同様にネジで破ると、足から血を垂れ流しながら中に入った。
鷹のように鋭い目で周りを見回すが、防衛システムも、研究員達もいないようだ。
どうやら、先程の武装した者達を残して、他の非戦闘員は避難したらしい。

ガラス張りの部屋が、預言室の真ん中にあった。

異様に白いそこにはベッドと大小様々な機器が設置されていて、ベッドには黒髪の少女が寝かされていた。
サビは自動ドアになっている一部から中に入ると、なんとも言えない悲しそうな顔で少女を見下ろした。

「……判ってたんだな、こうなるの……」

少女は目を閉じて、涙を流していた。
サビは傍らの機器により掛かるようにして崩れ落ちた。
そして疲れたように、ベッドの脇にしゃがみこむ。

「ジェラードを助けることは出来なかった。さっき、ジョゼに殺されたよ。すまない」

ピッ……ピッ……ピッ……

早いテンポで計器が音を刻んでいる。
サビは赤茶けた錆びまみれの手で頭をガシガシと掻いた。
そして顔を覆って息をつく。

「ステラ、これで終わりにしよう。もうバンジバルによる独裁政治は終わった。お前がシステムの一部として利用される必要はなくなったんだ」
「…………」
「今お前が見ているのはただの残滓……残り香だよ。見せられているんだ。それは現実じゃない。ジェラードは……たった今死んだ」

ジジジ……ザザザ……と、計器が音を立てた。
黒いモニターが点灯し、意味不明な文字列が多数表示されていく。
サビはそれを見ながら、歯を噛んでステラの顔から視線をそらした。

「ステラから離れろ……クリーチャー……」

ゼェ、ゼェと荒く息をつきながら、左腕を失ったジョゼが、壁に寄りかかりながら預言室に足を踏み入れた。
体中から火花が散っていて、満身創痍と言った具合だったが、彼は残る右手でハンドガンを構えた。
その両目が、何度も異常な動きで収縮していた。
サビはジョゼからステラを守るように、ガラス室を出て間に立った。

「諦めろ、ジョゼ」

彼は淡々と言った。

「ステラはここで消去させてもらう。邪魔すると言うなら、今度こそお前を殺す」
「俺を……?」

ジョゼは口を裂けそうな程に開いて笑ってから、狂気に満ちた目でサビを睨んだ。
そしてハンドガンを彼に向けて怒鳴る。

「やれるものならやってみろ! 妹の仇をここでとる!」
「話し合いは、無理なようだな」

サビはそう言って、ジョゼに向けて右手を銃の形にして伸ばした。
その人差し指の先にネジが一つ出現し、高速に回転を始める。
そのネジが撃ち出されたのと、ジョゼがハンドガンの引き金を引いたのは同時のことだった。
ジョゼの胸に着弾した錆びたネジが、機械を抉る音を立てて向こう側に抜ける。
ジョゼはゴボリ、と黒いオイルを吐き出して、目を見開いた。
動力部を撃ち抜かれたらしく、彼は膝をついてその場に崩れ落ちた。

「あ……」

ハンドガンを取り落とし、モーター音が弱まっていく機械の体を動かそうとする。
しかし彼の意に反して、体は動こうとせず……。
ジョゼはその場に鈍重な音を立てて倒れ込んだ。

ジョゼが発射した銃弾は、サビの右肩を抜けていた。
わずかに狙いがそれたのか、それはガラス室の壁を砕いて吹き飛ばしながら、ステラの体に接続された機械に着弾していた。
途端、部屋の電気が切れ、真っ赤な非常灯とサイレンが点滅し始める。
サビは右肩を押さえながら立ち上がり、ステラの胸に接続されたコード類……。
「生命維持装置」が動作を停止していくのを見た。
そしてステラの額に手を伸ばし、そっと頭を撫でる。
彼は数秒間そうしていたが、やがて出口に足を向けた。
そして動作を停止したジョゼを見下ろし、足を引きずりながら階段を降りる。
ステラの脇のモニターに、文字列が大量に吐き出されている。
やがてそれは、ブツリと音を立てて消えた。


星を見ていた。
ドブ川のような空の奥にあるという、星を彼女は見ていた。
光化学スモッグに覆われた空は、酷い臭いだ。
彼がそこにあると言った星。

そして、彼がそこにいるであろう、星。

彼女は隣に座っている青年の手をぎゅっ、と握った。

「ねぇジェラード」

彼の名を呼んだ。
彼は、言葉に反応するでもなく空を見上げていた。
ステラは小さく笑って、自分よりもだいぶ大きなジェラードの手をまた強く握った。

「私は、こうなることを知っていたの。ずっと前から」
「…………」
「ごめんね。あなたを助けることが出来なくて。あなたに、助けてもらうことができなくて……ごめんね。ごめんね……」

ステラの目からポタポタと涙が流れていく。
砂漠にそれが染み込んでいく。
そこでジェラードは空から目を離し、ステラを見た。
そしてニッコリと笑う。

「行こうか、ステラ」
「え……?」
「俺はきっと、君が行く場所には行けないけど。その前までは一緒に行こうよ。手を繋いでさ。歩いていこう」

ステラはしばらく呆然とジェラードの顔を見ていたが、やがて泣きながら小さく笑った。

「……うん」

二人は手を繋ぎながら立ち上がった。
そしてゆっくり、ゆっくりと砂漠の向こうに歩き出す。

「静かだね……」
「そうだなあ」

ジェラードは眼を空に向けた。

「いつか、お前と一緒に、星を見たかった」

その寂しいような呟きを聞いて、ステラは彼の手を強く、強く握りながらその体に寄り添った。

「……そうだねえ……」

彼女の小さな声は、スモッグの波に紛れて消えた。


「サビさん……! サビさん、目を開けてください!」

強く揺さぶられ、サビは緩慢に目をあけた。
飛空艇の中だった。
既に飛び立っているらしく、休憩室のベッド脇でグスタフが点滴台などをチェックしている。

「起きたか。まぁ、あのくらいでくたばるようなタマじゃないとは思ってたよ」
「……お前ら……」
「腐敗者が暴れてる間に、飛空艇に戻って持ってきた。お前さんが預言塔の手前で倒れてたから回収したわけだ。アルズに感謝しろよな。あいつがお前を見つけなかったら、砂嵐に飲まれてた」

砂まみれになって部屋の隅にしゃがみ込み、寝息を立てているアルズを横目で見て、サビは起き上がろうとし、体中の激痛に歯を噛んだ。

「銃弾で右肩が綺麗に砕かれてる。しばらくは動けないな、こりゃ」

グスタフにそう言われ、サビは無理矢理に体を起こした。
三角巾で腕が吊られている。

「これくらい、どういうこともないよ……」
「サビさん……」

両目に涙をためながら、シュルディアがサビに詰め寄った。

「どうしてこんな無茶をしたんですか……私、サビさんが死んじゃうんじゃないかって……そう思って……」

両手で顔を覆い、シュルディアが泣き出す。
グスタフが彼女の背中をポンポンと叩いていた。

『私、アラガルンがまた死にに行くつもりのような気が、どうしてもして……』

そこでサビは、脳裏に金髪の少女の言葉がフラッシュバックして、ハッと顔を上げた。
頭の中の少女……エレオノールと、シュルディアの顔が重なる。

彼女達は、奇妙なほどとても良く似ていた。
そう、似ていたのだ。

視線を反らしたサビは、歯を噛んだ。
そして落ち着いた声で応える。

「……俺は死なない。そうできてる」
「でも……!」

シュルディアが弾かれたように顔を上げてサビの無事な方の手を握る。

「約束してください。もう、こんな無茶をしないって。私だって、アルズ君だって、グスタフさんだっています! サビさん一人で抱え込むことはないんです!」

カラカラ……と床にシュルディアが流したルビーの涙が転がる。

『約束して。もう、あなただけの命じゃない。あなたと、私……そして……』

サビは曖昧な表情で小さく笑った。
そしてシュルディアの手を握り返す。

「ああ……」
「…………」
「……そうだな……」


『大巫女は戦闘の余波で生命維持装置が外れて死亡。H56の残骸はさっき回収班が確認したわ』

首筋につないだケーブルからアンリの通信を聞きながら、ジョゼは研究員達に体の修復を受けていた。
動力が止まった……「死んだ」のは一時的なことだった。
彼の意識データまでは破壊されていなかった。
サビは、彼を完全に破壊しなかったのだ。

『……私を、生かしたつもりか……』

押し殺した声で、アンリに脳内通信を送る。
アンリはしばらく黙り込んだ後、続けた。

『監視カメラの映像などからも、現場の状況の検証が終わったわ。結果的に大巫女は守れなかったけれど、あなたの働きは十分すぎるほど……』
『アンリ』

ジョゼはアンリの声を遮り、そしてポツリと言った。

『サビは私を殺さなかった』
『…………』
『私が、あいつを殺すことが出来なかったように』
『……今、飛空艇をそっちに向かわせているわ。引き続き治療は医療班に委託する形になるから。話は、本部に戻ってからしましょう』
『……分かった』

掠れた声で答えて、ジョゼは小さな声で続けた。

『最後に……』
『……?』
『ステラ……大巫女が、モニターに啓示を表示させていた。何が書いてあったんだ?』

アンリは少し言いよどんでから、やがてそっと言った。

『「ありがとう」って、繰り返されていたわ』
『そうか』

ジョゼはそう言って息をつき、通信を切った。
その機械の目が収縮して、悲しげに揺らぐ。

涙はもう出ない。

しかし、もし自分がまだ「人間」だったら。
きっとここで、涙を流していたのではないかな……。
そう、ジョゼは思った。